いよいよ今週末の4月4日(土)は、第24回「繭姫通り おんなの夜祭り」(以下、繭姫祭り)が開催されます。今や天草を代表する春の風物詩となった「繭姫祭り」ですが、そのルーツには、さまざまな知られざるストーリーがありました。今回のあまくさニューニュースでは、前編・後編の2部にわたり、「繭姫祭り」の歴史と祭りの魅力をお届けします。 前編となる今回は、現在の「繭姫祭り」がどのようにして立ち上がったのか、その誕生秘話に迫ります。そこには、祭りの発起人である「蛇の目寿し」の女将・濱 喜子さんの、天草に対する深く温かい「恩返し」の思いと、壮絶なドラマがありました。■ すべての始まりは、天草への恩返しと『千と千尋の神隠し』の情景熊本市内の中心部で育った濱さんは、ご縁あって天草へとやってきました。当初は環境の違いに戸惑い、人知れず涙を流した日々もあったそうです。しかし、お店を通じて天草のさまざまな人たちと触れ合ううちに、「天草の人ってなんて温かいんだろう。なんて優しいんだろう」と、その人情の深さに心を打たれ、天草が大好きになっていきました。「自分を温かく迎えてくれた天草に、どうしても恩返しがしたい」——そう考えていた濱さんが目をつけたのは、夜になると歩く人も少なく、真っ暗になってしまっていたお店の前の通りでした。濱さんは夜道を見つめながら、ある幻想的な情景を思い浮かべます。 「真っ暗な通りに、ポッポッと温かい明かりが突然灯り、そこから美味しい食べ物の香りがふわっと立ち込めてくる…。あ、これは『千と千尋の神隠し』の世界だ!」映画のワンシーンのような美しい夜市を作りたいと胸を躍らせた濱さんですが、実は当時、ご自身はこの通りの方々や天草の他のお店の方々とそこまで深いお付き合いがあったわけではなかったそうです。それでも「天草への恩返しのために」と勇気を振り絞り、自らの足で一軒一軒お店を回りました。「1日だけでいいから、この通りで美味しいものを出してくれませんか?」と、面識の薄い方にも頭を下げて必死に説得して回ったのです。すると、「あなたがそこまで言うなら」と、周囲の人々が次々と手を差し伸べてくれました。知り合いが知り合いを呼び、みんなが助け合ってくれた結果、その熱意は瞬く間に広がり、なんと第1回目の夜市から多くのお店が賛同して集まることになったのです。このお祭りは決して一人でできたものではなく、天草の皆さんの温かい支えと協力の輪があったからこそ実現したのだと、濱さんは深く感謝されていました。■ 命懸けの決断。病を押して挑んだ第1回目しかし、この記念すべき第1回目が開催される直前、濱さんを大きな試練が襲います。お祭りの本番まであと1ヶ月を切った頃、濱さんご自身の病気(乳がん)が見つかり、医師からは「すぐにでも手術と入院が必要」と宣告されたのです。 それでも濱さんの心は折れませんでした。「この夜市が終わるまでは」と医師に強く懇願し、無理を承知で手術を延期してもらったのです。強い覚悟で第1回目を大成功に導き、無事にお祭りを見届けた濱さんは、その直後にすぐさま病院へ向かい、手術を受けられました。「繭姫祭り」は、単なるイベントではなく、濱さんの文字通り“命懸け”の情熱と覚悟、そして周囲の方々の温かいサポートが一つになって生まれたスタートだったのです。(画像:繭姫祭りの発起人の蛇の目寿し女将・濱 喜子)■ 夜市のあとに知った驚きの真実と、感動から生まれた「繭姫祭り」の名手探りながらも皆の力で大盛況となった第1回目の夜市。そのイベントが無事に終わった後、濱さんの営む「蛇の目寿し」に、天草外からあるお客様が来店されました。 濱さんが夜市の出来事や「この通りを盛り上げたい」という熱い思いを語ったところ、そのお話に感銘を受けたお客様が、なんとこの通り周辺の歴史について深く調べてくださったのです。そこで初めて、濱さんは驚きの事実を知ることになります。 現在のリンドマールTAIYOがある場所周辺には、かつて「繭市場」があり、「日本の春繭の相場は天草で決まっていた」と言われるほど、この場所は繭産業で活気あふれる場所でした。自分たちが夜市を開いた場所が、実はとんでもない歴史の舞台だったことに濱さんたちは大変驚きました。さらに、歴史を調べてくれたそのお客様から、「この歴史にちなんで、女性が主役の『繭姫(まゆひめ)』という名前にしてはどうでしょう」と、お祭りの名前の提案を受けました。 「繭姫」——その美しく、歴史を紡ぐような名前に触れた瞬間、濱さんは一目惚れというよりも、言葉にできないほどの深い感動を覚えたそうです。こうして、天草外から訪れた方との不思議なご縁と感動によって、現在の「繭姫通り おんなの夜祭り」という素晴らしい名前が誕生しました。(画像:お祭りのときの繭姫通り)■ 繭神様との出会いさらに偶然は重なります。夜市を数回実施していたときに、現在の繭姫通りとは全く違う場所で、繭の神様である「繭神様」を祀る小さな祠(ほこら)がひっそりと朽ち果てそうになっているのを偶然見つけます。 濱さんたちがその祠をきれいに掃除していたところ、なんとその場所に新しいお店ができる都合で、祠が別の場所へ移転させられてしまうことを知ったのです。「繭の神様なら、かつて繭産業として栄えた現在の通りにお迎えするのが一番良いのではないか」——そう考えた濱さんは、神様をなんとかこの通りへお遷しできないかと、周囲の方々に必死で説得と協力を呼びかけました。その熱意と人々の縁が実を結び、見事に現在のリンドマールTAIYOの大駐車場入り口に新しい祠を建立し、繭神様をお迎えすることができたのです。(画像:現在建立されている繭神様)「何もない」から始まり、ひとりの女性の命懸けの思いと天草の人々の優しさ、そして不思議な巡り合わせが歴史を紡ぎ直した奇跡のお祭り。後編では、そんな熱い思いを受け継いだ今年のイベントの見どころをご紹介します!【後編】今年の「繭姫祭り」は見逃せない!実行委員長が語る4つの大注目ポイント&完全ガイド