みなさん、こんにちは!あまくさニューニュースです。いよいよ今週末の日曜日、天草高校の体育祭が開催されます!天高の体育祭といえば、白熱した競技や応援合戦はもちろんですが、実はもう一つ、絶対に見逃せない天高独自の伝統があるのをご存知ですか?それが、「手作りハチマキ」!男子が意中の女子や友達にハチマキを刺繍やデコレーションをしてもらう、という何とも甘酸っぱいこの風習。(もちろん女子同士で作ることもあるそうです)俗に言う第二ボタンのハチマキ版です。ちなみに、他校の生徒はこの風習を羨望のまなざしで見ているとか、いないとか。編集部では、この伝統が一体いつから、どのようにして始まったのか、徹底調査を行いました!19歳~74歳までの天草高校卒業生総勢32名に聞いた、全力調査によって浮かび上がってきた驚きの仮説と、世代を超えた悲喜こもごもの青春群像劇をお楽しみください!ついに特定!?ハチマキ文化が生まれた「歴史の境目」これまで「いつから始まったの?」と謎に包まれていたこの文化。天草高校出身の大先輩方に聞き込みを重ねたところ、決定的な証言が飛び出しました!74歳・73歳の先輩: 「俺たちの時は確実になかったね〜、今の子たちはそがんとしとっと!?」70歳の先輩: 「あったよ!自分はもらわなかったけど(泣)、カップルとかは渡し合っていたね」70歳の先輩2: 「うわ~なんかそんなのあった気がするなあ~」67歳の先輩: 「確かにあった!」66歳の先輩: 「ありました!自分は当時付き合っていた女の子にもらいました」この証言から導き出される結論……それは、「今の70歳と73歳の先輩の間に、歴史の境目がある」ということ! 年代でいうと、今から約50年前の1970年代前半(昭和40年代後半)にハチマキ文化は産声を上げた可能性が高いことが分かりました。さらに!面白いことに60代の人の中には、なかったという方も何人か…50代になると全員があったと答えています。つまり、この伝統は急に全員が始めたのではなく、約10年の時をかけて、一部の人たちから徐々に全体に広がっていったということが考えられます!なぜハチマキをデコるように?発祥に迫る「3つの仮説」!では、なぜこの時期に突如としてハチマキをデコる文化が生まれたのでしょうか?当時の時代背景を探ってみると、めちゃくちゃ面白い「3つの有力な仮説」が浮かび上がってきました!あくまで「仮説」なので、もし当時を知る方や「真実」を知る方は是非教えてください!!【仮説1】「スポ根」ブームとヒロイン像の定着1960年代後半から70年代前半は、『巨人の星』や『サインはV』など「スポ根(スポーツ根性)」作品の黄金期でした。汗に塗れて全力で戦う男子に、女子が手作りの品を渡して思いを託す……というシチュエーションは、当時の若者にとって最大のロマン!体育祭という「戦場」でハチマキを託すのは、まさに憧れのヒロインの体現だったのかもしれません。【仮説2】手芸・フェルトマスコットの大流行この頃、ティーン向けの少女雑誌で手芸コーナーが組まれ、フェルトを用いたマスコット作りや刺繍が大流行しました。 バレンタインにチョコを渡す文化が定着する前のこの時代、「意中の彼にお守りや小物を手作りする」ことは、好意を伝えるための最もトレンディな手段だったということです!【仮説3】若者文化と「自由な自己表現」(フォークソング・ブーム)グループ・サウンズや吉田拓郎さんなどのフォークソングが流行し、若者たちが自由な自己表現を強く主張し始めた時代。厳格な価値観から抜け出し、「恋人や好きな人に自分の手作りしたものを贈る」というロマンチックな自己表現を、学校行事の中で堂々と行えるようになった世代のパワーが爆発したと考えられます。ハチマキをめぐる青春ドラマ!全世代のホンネを大公開70年代に生まれたこの文化は、その後、天高生たちの間で独自の進化を遂げていきました。世代を超えたリアルな証言から見えてきた、悲喜こもごものドラマとは……?【男子の視点:告白・恥ずかしさ・裏技】「ハチマキを介して告白する感じです!」(40代後半・男性) 当時の彼女や好意がある人にお願いして告白のきっかけに。「1年の時は、売店のハチマキのままだと恥ずかしかけん、どがんかせんとって感じでした」とのこと。女子からプレゼントする「逆ハチ」という風習もあったそうです。「男としては迷惑という声もあったが…」(50代半ば・男性)「男子としては迷惑な風習と考えるのが大半な一方、それを機に進展のきっかけと考える輩がいた」。いつの時代も、男子の思惑は様々です。「漢ならマッキーで書くだけだ!」(24歳男性・インスタ証言) 哀愁漂う彼女無し勢力。自分だけで完結する開き直り方はいいですが、女性目線だとどうなのでしょうね…【女子の視点:愛の夜なべ・恋の戦い】「本番は戦いだったよ」(50代前半・女性) 「つけてくれるかわからないけど、好きな男の子に作らせてほしいとお願いして一生懸命に作りました。結果は言えませんけど!」モテる男の子は複数人から貰うから、本番で誰のハチマキをつけるか戦いだったという恐ろしい証言も……!「寮で夜なべしてました!!」(43歳女性・インスタ証言)寮で夜なべして手作りはちまき!愛のチカラは偉大ですね。「カップルは名前を両端に刺繍してました」(39歳女性・インスタ証言)両想いの証!羨望のまなざしを全身全霊で受け止める感じが青春を彷彿とさせますね~!「男の子から作ってほしいと言われるパターン・女の子から作っていいですか?というパターン・女の子同士で作るパターンがある」(50代前半・女性)恋の進展に使われていた「手作りハチマキ」!甘酸っぱすぎる素敵な文化です。「3年間彼氏と自分の分を作っていた。いい思い出です。」(32歳女性・インスタ証言)本当に素敵です。結婚までされたのかな~。ハチマキ婚なのかも気になります。【最近の事情:仕様変更の危機、そして受け継がれる熱意】「ゴムのハチマキになりかけて在庫で作りました」(19歳・インスタ証言)「刺繍用のはちまきは私たちの代でなくなりましたが、今でもデコってます」(19歳・インスタ証言)ハチマキの仕様変更という大事件も、天高生の熱意で乗り越えているようです。【制作の暗黙のルールとお隣の高校事情】「1年生は控えめに(笑)」(22歳女性・天草工業卒) 他校生ながら頼まれて毎年作っていた強者。「1年生はあまり目立つと先輩に目を付けられるから控えめに作って、3年生の時は派手に作っていた(笑)」とのこと。お隣の天工ではハチマキ奪取でモテアピール ハチマキを作る文化はないものの、「女子のダンスの時に、彼氏や男友達のハチマキを奪って腕につけて踊る」という文化があったとのこと!数が多ければ多いほど女性のモテモテアピールだったとか。天高では女性→男性、天草工業では男性→女性と高校によってハチマキ文化が違って面白いですね。それにしても天草の高校生、ハチマキで愛を測りすぎだろ!【制作のルール】あまり大きくハチマキの幅からはみ出してはいけない徒競走で落ちない頑丈さを!あまり真ん中まで縫うと頭に結びにくいから、端から15㎝~20㎝の範囲で作る一部の若者のロマンチックな自己表現から始まり?、半世紀以上にわたって天高生たちの頭上を彩ってきた手作りハチマキ。今週末の体育祭に行かれる保護者さんは、白熱する競技だけでなく、この長い歴史が詰まった「青春のワンページ」にもぜひ注目してみてくださいね! 天高生のみなさん、最高の体育祭になりますように!🔥そして、あまくさニューニュースでは、なぜ「手作りハチマキ」が生まれたのかを調査しています!真実を知る方は、是非教えてください!他の伝統についてもいろいろ聞かせていただくと、全力徹底調査するかもしれません!(※Instagramに届いた、読者のみなさんの生の声)ご回答いただいたみなさま、ありがとうございました!